出典:『大琉球料理帖』新潮社
こんにちは、築山です。
以前から下記を論拠に「琉球王朝はローマ帝国とも(間接的に)交易していた」という暴論を展開してました。
・琉球王朝時代の初期はローマ帝国の後期と被っている
・琉球王国の交易国であったアジア諸国とローマ帝国との関わり
・世界広しといえど、伝統的な「イカスミ料理」があるのはイタリア・スペイン・沖縄の3つだけ
そんな中、去年こんなニュースが出てきて、自説の正しさを一人自画自賛しています(笑)。
コインが出土した勝連城は、沖縄に300以上あると言われる城(グスク)の中で個人的にナンバーワンの存在。うるま市の勝連半島の高台にあり、美しい曲線を描く石垣と中城湾を見渡す絶景がポイントです(コインも実際に見に行ってきました)。
勝連城が建設された13〜14世紀といえば内地では鎌倉時代にあたり、野面積みの石垣を持つ砦的機能の城が登場し始めた頃ですが、その当時の琉球には既に曲線を描く石垣を作る土木技術があったということになります。
築山 大