こんにちは。築山です。
旅行好きの人なら誰にでも、お気に入りの国があると思います。初めて訪れて、その土地や文化に感動し、さらに知りたくなって何度もその国を訪れ、行動範囲が広がり滞在期間も長くなっていく…。
いわゆる「ハマる国」というヤツです。そういった「ファンの多い国」は、リピーター率が高く、滞在日数もビギナーと比べて長くなっています。
沖縄を訪れる外国人観光客のショッキングな現実
下の図は、沖縄の外国人観光客のリピーター率と滞在日数を、沖縄が「お手本」としているハワイと比べたものです。
沖縄のリピーター率がハワイの3分の1しかないのは、世界的な観光地としての歴史や知名度が違うので(今のところは)仕方がないと思います。問題はリピーターの方がビギナーよりも宿泊日数が少ない…ということです。
さらに、訪沖外国人観光客の訪問回数別の宿泊日数を見てみると、訪問回数が多いほど宿泊日数が短くなっていく傾向があります。このままだとリピーター率を増やすことも難しくなります。
「有名なスポットに行ってみたけど、ショボかったので今回はパス」「欲しい物や食べたい物はあるけど、それだけ。ゆっくり過ごせる場所が少ないから長期滞在には向かない」と行った『外国人観光客の本音』が聞こえてきそうな結果です。
ちなみに、タイの外国人観光客のリピート率は約60%、2014年に日本人渡航者数がハワイを超えた台湾では35%という数字になっています。
よく『沖縄は一度訪れたらハマる場所』と言われますし、築山もそうだと思っていたのですが、この事実を前にしては「外国人観光客にとってはそうでもない…」という「但し書き」を入れる必要がありそうです。
我々は、この事実をどう考えれば良いのでしょうか?
マーケティングの問題:モノ消費からコト消費へのシフトチェンジが出来ていない
これまでの沖縄のインバウンド需要の正体は、沖縄の持つ魅力ではなく円安による為替レートボーナスによるモノ消費でしかないことは以前にも述べた通りです。
モノ消費で重要なのは「彼等が欲しいモノをどれだけ揃えて回転させるか?」であり、必要なのは調達力と客数処理能力で、マーケティングや観光戦略はそれほど必要としません。外国人観光客にとって、沖縄の価値は「欲しいモノが安く手に入る一番近い日本」だったわけです。
しかし、モノ消費が一巡して、本来の沖縄の魅力で勝負するコト消費のフェーズになった今「彼等が、再度訪れたいと思うような場所や、もっと深く知りたいと思うような体験を提供出来ていない状態にある」ということです。
それを裏付けるかのように、訪沖外国人観光客の1人あたり滞在日数と消費額は減少傾向しており、それを補って余りあるほど伸びていた客数増加率も、去年の6月以降は完全に頭打ちの状況にあり、前年割れの月も発生しています。
誘客政策の問題:自ら消耗戦とオーバーツーリズムを助長させるクルーズ船の誘致
沖縄インバウンドの特徴に、クルーズ船客(海路客)の多さがあります。海路客はここ数年、空路客の倍の勢いで増え続け、今では訪沖外国人観光客の4割弱を占めるまでになりました。
一度に大量の観光客を輸送できるクルーズ船は、観光客数の増加には大きく寄与しますが、彼等の宿泊日数は0日(平均寄港時間は7時間)消費金額は空路客の3分の1程度で、滞在日数や消費額の増加という面ではマイナスに作用します。
滞在時間時間が短ければ、行動範囲も制限されます。空路客と違って荷物の重量制限もありませんから、海路客の主目的はモノ消費(買い物)になります。そして、海路客のリピーター率は空路客より高く、中でも6〜9回と10回以上を合わせた比率は空路客の10倍にもなります。海路客のリピーターは観光客ではなく買物客と考えた方が良さそうです。
沖縄のインバウンドがモノ消費からコト消費にシフトしつつある中、モノ消費が主目的のクルーズ船客とクルーズ船の寄港数を増やすために、海を埋め立てターミナルを作ろうとしたり、官民一体となって様々なキャンペーンを打ち出しています。
もちろん、クルーズ船の寄港を無くす必要はないとは思いますが、観光のトレンドがモノ消費からコト消費にシフトする中、この誘客戦略の優先順位は下げるべきですね。実際、世界的な観光地であるベネチアではクルーズ船の入港を制限する議論が起こっているようです。
さらに、クルーズ船の寄港は、客数だけが増え観光収入が増えないことによるオーバーツーリズムの温床になるだけではなく、車数百台分の排気や大量の排水など、海や港湾環境への汚染要因になるという世界的な環境団体のレポートもあります。
客数だけが増えて観光収入に繋がらないだけでなく、沖縄の観光資源である自然環境を汚染する要因となり得るクルーズ船の寄港を増やすことは、自ら消耗戦とオーバーツーリズムを助長させる誘客政策ではないでしょうか?
観光マーケティングはモノではなくサービスのマーケティング
コト消費のマーケティングはモノ消費のそれと全く異なります。例えば、125GのPCと500GのPCとでは、後者の方が高性能&高価格であることは提供者も顧客も分かるように、モノ消費の評価は「スペック」で決まります。
しかし、コト消費の評価は「顧客の主観」に大きく左右されます。例えば「沖縄には素晴らしい自然や文化があるからそれをアピールしよう」ではなく、それらが「その顧客から選んで貰えるほど魅力的か?」を考えることです。コト消費において提供サービスの価値や価格を決めるのは自分たちではなく顧客にあるのです。
価値や価格が顧客によって決まるのであれば「その価値が分かる人」を理解する必要があります。つまり、我々は「顧客を誰か?」を決めなければなりません。総花的なターゲティングでは、目に見えないサービスや体験をマネタイズすることは出来ないのです。
例えば、観光客数の8割を占める主要国の旅行者(台湾・中国・韓国・香港)の社会背景や価値観の違いは、彼等の滞在中活動や購入物の違いの要因になっていることは明らかになっていますし、性別・年齢別や同伴者によっても違ってくるので、これらを掛け合わせることで、時間と資金を集中すべきサービスやコンテンツが何であるかも分かります。
また、顧客が誰かが決まれば、他のリゾート地と比べても遜色ない沖縄固有の自然や文化を、それを理解する人に分かりやすい方法で伝える手法なども、ハワイの事例が重要なヒントを投げかけてくれます。
さらに、中華圏には「医食同源」の思想と行動様式が残っています。自国の経済が急速に発展し様々な社会的弊害も出てくる中、綺麗な水や空気、安全で栄養価の高い食に関する欲求はますます高まっていることを念頭に置けば、世界基準の安全性や栽培方法が担保された農業であれば観光コンテンツになる可能性もあります。この『アグリツーリズム』という観光形態は、着地都市から地方への移動を前提とし、ライフスタイル体験が目的ですから滞在日数は自ずと長くなります。
こうした観光マーケティングは、顧客設定や、手法の取捨選択や明確な優先順位付けを必要とするので、多くの利害関係者の合意や最大公約数的な利益追求を目的とする行政には馴染まないのかもしれません。
むしろ、民間の成功事例を積み上げることで流れを作っていくものだと思いますし、実際、築山は、こうしたマーケティング分析やレポートを用いて、クライアント企業とインバウンド対策に取り組み始めています。
築山 大
琉球経営コンサルティング